最後の祈り

我ら一同、未来永劫、逆賊の誹りを受けることになるが、それでもよいか

負けない方法ならばある

次元が変わればルールも変わる。

餓鬼畜生修羅等々である。

その世界に生きることになれば、その世界の掟に支配されることになる。

生まれ変わるにはどうしたらよいだろうか。

 

地獄の恐ろしさを自覚することが最初の一歩である。

そして、あらゆる因縁の責任を背負う覚悟をせねばいけない。

関係ないものはないのである。

今日変わってもその成果はすぐには出てこない。

もしかしたら死んだ後になるかもしれない。

それでも転生出離するのだという覚悟が必要なのである。

そして、せめて人間でいられること。

これがミニマムの目標になってくる。

この目標を失えば、地獄により近くなっていく。

 

日々読経をする。

その因縁勢力によって一刻一刻己自身を定三昧にしていく。

理不尽を空をとおして把握するのだ。

その定に生きることで己の住むべき次元に、言ってみれば、しがみついていく。

その姿勢が真摯であれば、護法神様やご先祖様に御守りがある。

そして、御守りがあるうちに理を深く理解するように努めるのである。

励まなければ生の道にはいられないのだ。

この課程も確かに苦しい。

しかし、この苦しさには必ず確かな報いがある。

 

悪循環は断ち切らねばいけない。

ではどうすればよいか。

指針はすでに多くが書物として公表されている。

それを魂に刻めるかどうかである。

読むだけでは足りない。

実践としては何が出来るか。

都市で生きる我々がすべきことは掃除と片付けである。

これを霊的な観点から丹念に繰り返す以外に道はないだろう。

最も有効な方法だと私は確信している。

 

定まれば定まるほどあらゆるものが修行の対象になってくる。

そうすると感謝の総量も増えてきて心が潤ってくるものだ。

ここに攻防一体の戦陣がある。

生まれ変わると恨みが恨みを呼ばないようになってくる。

小さな輪廻を繰り返しながら補正ができるからだ。

歯を食いしばって乗り越えたあとには確かな智慧が生じている。

この智慧こそが次元上昇の為の一段一段である。