私自身激闘しつつ書き始めたブログである。
方針は変わっていないのではないかと思っている。
というのも、仏法が下敷きにあるから。
とはいえ、表向きの教団としての教えというものに対しては、私は実体験から様々小さな反抗は起こしてきた。
その感覚は今でも変わらない。
神社参拝をはじめて己の場を発見して以降は、宗教というものの向き合い方が自分らしくなった。
私はおそらく今後も特定の宗派に属するということはない。
性エネルギー昇華と原始仏教的な教えと神社参拝の三本柱でいくことになる。
おそらく言葉によって社会に貢献する時代はもう終わる。
私が励行していることをひとつ紹介しよう。
それは、車の運転で横から入って来る車を入れてあげることである。
この譲り合いはパッと明るくなる。
私は非常にこの実践を気に入っている。
人生は自分として生きることに意味があり学びがある。
与えられた命を全力で輝かせる。
これに尽きるだろう。
言葉より色合いだ。
美しい色合いとなるように努力すべき時代になってきた。