私の現在の到達点を少しまとめておこう。
一瞬でも損得勘定に意識を奪われると敵ができてしまう。
境界線を引けと言われる。
もちろん引いてよい。
しかし、引くこと自体が敵の認識となるようでは本末転倒である。
できるかぎり自分の問題として統合解消していくことだ。
闇と向き合い味わうことから逃げてはいけない。
ただただ、この理不尽よって自分の魂が奥底から磨かれつつあるとみていくことだ。
物理的な攻撃でもない限り、平穏を優先だ。
言葉がどうした。
そんなものに心に攪乱されているようではまだ基本ができていない。
なめられてカッとなる。
これは最悪の反応だ。
釈尊は、罵詈雑言を受け取らなかった。
放っておいたのだ。
これが究極の護身術であろう、
この行き方がある。
いいものを身につけたりして僅かであっても富をアピールすることはやめた方がいい。
これは要らぬ嫉妬を買うし、諸々勘違いする元となる。
これからの時代、犯罪にもあいやすくなる。
清潔であることだけを心掛けよう。
なお、知恵深さが滲み出ることがはよいことである。
最低でも60歳までは筋肉を鍛えておく。
物理攻撃に対しては防御能力を持たねばいけない。
防御能力は実は寛容さと深く関連する。
ただし、物理攻撃を加えられたということは、その因果を猛省する必要がある。
反撃はしない方がいい。
恨みをもってもいけない。
謝罪すべき点があるならば毒を吐く意味でしておいた方がいい。
節制と瞑想は必須である。
欲望にだらしなくなれば瞑想はできない。
ランニングはそれをうまく架橋してくれる。
座る瞑想より走る瞑想のほうがいい時期がある。
やってみれば理解できるはずである。
ランニングを瞑想としてやっている人はあまりいないだろうが。
学問。それ以外。行動。
リベラルデモクラシーがここまで追い込まれたことで人類の哲学の到達点に異変が起きつつある。
AIは文系を求めている。
性エネルギー昇華に成功した者が何かしらの言葉をあてていくだろう。