最後の祈り

我ら一同、未来永劫、逆賊の誹りを受けることになるが、それでもよいか

ジョーカー

ジョーカーという映画の予告をみたときに私はやばいと思った。

やらかす奴が出るのではないかと予感した。

こんな時代に生を受けているのに自分には関係ないと思っている人はぼんやりしていると思う。

夢の中にいる。

トリガーは誰の胸の内にもあると思っていた方がいい。

誰しも理不尽の闇に堕ちれば鬼になり得るのだ。

 

家族や仲間と完全にはぐれて仕事も失い他の嘲笑や無関心に囲まれたとき何を考えるだろうか。

完全に明日への希望が断たれた時に傷の痛みをどれだけコントロールできるだろうか。

自分だけが静かに消えればよいと思えるだろうか。

 

多くの人は明日があると思って生きている。

だから他と交渉もする。

そこには生への素朴な信頼がある。

お互いに生きようという意欲があるからこそ合意は形成できるのだ。

この起点を忘れている人は案外多いのではないか。

いつ死んでもよいと考えた者とは取引は絶対にできないのである。

なぜなら彼には自爆攻撃が可能であるからだ。

 

社会に絶望しもう死んでもよいと考えた時には、すべての存在が邪魔でしかない。

すべてが自分を苦しめる存在である。

生きようと願う者たちが「罪のない人を巻き込むな」と叫んでも通用しない。

次元が異なるのだからどうしようもない。

 

神の力を持っても届かぬことがある。

目を覚ましていかねばいけない。

踏み外すことの恐ろしさを内観し、自らの進むべき道をしっかりと定めていかねばいけない。