最後の祈り

我ら一同、未来永劫、逆賊の誹りを受けることになるが、それでもよいか

関暁夫氏の番組の感想2020秋

ワクチンを接種したかどうかが他者に簡単に分かるようになることはない。

この手のプライバシーの保護は表向きには厳格化の方法に向かっているからだ。

しかし、ワクチン接種が共同体参加の条件になるということはあり得そうだ。

そういう意味での人間選別はあるかもしれない。

ただ、ワクチンに効果があればの話であるが。

 

仮想空間は地球のパラレルワールドという設定は、ソードアートオンラインといったアニメの中では随分前から実現している。

仮想空間に生きがいを持つ人はとうぜん現れてくるだろう。

しかし、その前提として脳を含む肉体を維持しなければいけないので、その生きがいには根本的な制限がある。

その制限をどう克服していくのか。

スマホのように誰しもが必需品として生命維持装置のようなものを買い、現実で働いて得た収入の多くをそれを維持するために費やすことにでもなるのだろうか。

クーラーの効いた暗い部屋で外に出ずに仮想空間へ遊びに行くような感じになっていくのだろうか。

確かに、この延長上に、肉体を捨てて意識だけを仮想世界に移したいと願う者は出てくるだろう。

それを請け負う業者も出現する。

自殺、尊厳死安楽死の議論がさらに複雑さを増すに違いない。

自殺はその意味が変化し合法化されるか。

さらに、仮想空間のシステム自体の損傷が意識の消滅を意味することにもなる。

死の意味合いも変わってくるだろう。

 

最近の地球の状況をみるに人類の生存そのものが危機に瀕していることはもう疑いがない。

大震災に備える中において危ないウィルスに感染している者を共同体に入れるわけにはいかないだろう。

そういう意味では徹底した個人主義は時代そのものによって淘汰されていくに違いない。

そして、人体が許容できない自然の条件のなかを人間らしく生きていくためには仮想空間も必要になってくるのかもしれない。

ただ、それをうまく活用できる者と依存していく者双方が現れてくることは必然であって依存していく者たちが新たな人権問題や社会問題を起こしていくに違いない。

 

私が思うに、まだ人類は何の革新技術も手にしていない。

イーロンマスクも見え方(見せ方)が先進的なだけであり、よくよく観察すればただの既存の技術で挑んでいるだけである。

意識という問題に着目できたことは大進歩であるが、その深奥に迫る経験の浅い西洋文明がしばらく足を引っ張るかもしれない。