最後の祈り

我ら一同、未来永劫、逆賊の誹りを受けることになるが、それでもよいか

この時代を選んで生まれた来た

偽りの明るさに向けていくと飛んで火にいる夏の虫如くになる。

苦しい方を選択することが結局王道なのだ。

目先の明るさよりもより本質を解決するための苦労を選択すべきだ。

しかし、これがなかなか難しい。

楽を感じると成功したと感じてしまいやすいからだ。

だいたい勘違いである。

 

何度もループしているような経験はないだろうか。

安易な道を選べばその水準で繰り返す。

どうすれば打開できるか。

より深く迫っていく以外にない。

麻酔無しで歯を削るようなストレスがあるが、やるしかない。

抽象的に教えを学ぶことと具体的に教えを実践することを交互に繰り返すように練り上げていくしかない。

その過程から自分の本来の個性を発見していくのである。

 

本当の輝きというものは精進せねば見えてこない。

真実なる祈り一つということかもしれないが、凡夫には長い修行期間が必要である。

そう思っていた方が安全である。

 

CMばかりの世の中である。

環境的には最悪といってよいかもしれない。

しかし、おそらく我々はチャレンジするためにこの時代を選んだのである。