飲酒をせず、暴食せず、読経と一体となった戒としての性エネルギー昇華の実践は要である。
しかし、それは何によって証させていくのか。
荘厳行が必要なのである。
ここはもっと自覚的になっていく必要がある。
自作自演のように感じるかもしれないが、自作自演が大切なのである。
たとえば、手元にあるコーヒーである。
これは誰かが入れたからこそそこにあるのである。
降ってわいてきたわけではあるまい。
私の性エネルギー昇華の実践はオカルトではない。
秘法でもない。
神通のお働きがあることは肯定するが、神仏を盾にすることは否定する。
ここを指摘するブログは初めてであろう。
コーヒーは自分の力で入れるのである。
性エネルギー昇華の実践をしても、正しい観念を定めた後の速やかな行動がなければ全く意味はない。
それは仕事であったり勉強であったり身近なことでよいのであるが、スピリチュアル分野に関心がある者が最も怠っているのは、おそらく肉体の鍛錬であろう。
肉体は多くの修行の前提である。
もちろん、元々病弱という方は例外であるから安心して欲しい。
怠慢な生活をしているくせに神通に憧れて超能力を希望するタイプは、非常に魂が危険な状態にある。
アストラル体の一部はすでに損傷してしまっているかもしれない。
自ら動こうとせず腹が出ているようでは失格もいいところである。
年齢は関係ない。
語る資格すらない外道だ。
(ただし、稀に霊感に優れた方が豊満な姿になることはあるから例外もあるが。)
そこから脱する方法は数少ない。
やはり肉体の鍛錬であろう。
筋トレやランニングはとても大切な前行であると経験上感じている。
それ自体何かの役に立っているわけではないが、潜在的な可能性を広げてくれている。
畑がある人は鍬で土を耕すことが出来るだろう。
草取りもよい。
これはすべて荘厳行である。
病気でないならば、とにかく身体を鍛えることだ。
肉体の鍛錬は性エネルギー昇華の実践における前行だと位置づけることにしたい。
具体的にやっていくことが荘厳行である。
このブログを見た者は今すぐ腕立てを20回はしよう。
40回連続できない者は呼吸器が弱っている。
トレーニング計画を立てて明日からも継続していくべきだ。