最後の祈り

我ら一同、未来永劫、逆賊の誹りを受けることになるが、それでもよいか

公務員はたった一杯のコーヒーすら売ることができない

公務員のメッセージにはいつも実がない。

最近では国民の疑惑も相まって、それが顕著である。

公務員の仕事というのは、刑罰による威嚇がなければ形にならないものなのかもしれない。

昔ような公務員に対するリスペクトはもう皆無ではないかと思う。

 

公務員は自分達の存在が基本的に国民の負担になっていることは分かっている。

皮肉にも、その負い目を解消しようと奮闘するところに計画や規制の増加があるのだと思う。

この努力の仕方は、いかにも勉強好きの安定志向の人間がやりそうなことである。

彼らは自分たちの仕事は激務だというだろう。

しかし、私はそれにははっきり反論しておこうと思う。

民間の方が激務だと。甘えるなと。

公務員は身分保障と毎月決まった日に決まった給料が振り込まれるけれども、我々民間は仕事をとるところから領収書を切るところまでが仕事である。

報酬も保障されているわけではない。

そのプレッシャーを見込めば我々の方が1000%忙しい。

 

公務員の企画など国民は少しも魅力に思っていない。

たとえば、行政が町おこしを主催する。

これは納税者の募集が本音であろう。

住民が減れば税収が減り、困るのは実際はその町に雇われている公務員なのだ。

公務員が空港で観光客を出迎える。

これが勤務時間内での公務というならば、私ならリストラする。

町のPRが公務員の仕事であること自体がそもそもおかしいのだ。

 

公務員が矮小な発想で行動することが許され尊大な態度で過ごせてしまうのは、彼らが身分保障と権力に甘やかされたいわば特別権力関係という名の実質は共産国家的な組織の中の住民であり、一人の人間として物やサービスを売るといった自由主義的な経験が一切ないからである。

おそらく彼らはたった一杯のコーヒーですら売ることはできない。

これは研修如きで身に付くものではない。

 

憲法改正を公務員が叫んでいるのである。

ここに注目して欲しい。

もっと自分達が自由にやりたいからである。

みていれば分かる。

彼らはコロナすら利用し出すだろう。

 

独立自尊の精神を大切にしたい人は、この流れに乗るべきはない。

重税に苦しむだけだ。

ブラック従業員を雇う社長になりたいですか。

現行憲法は公務員に厳しい。

これのどこがいけないのか、発想を改めて欲しいと願う一人です。