最後の祈り

我ら一同、未来永劫、逆賊の誹りを受けることになるが、それでもよいか

己の役割を全うする

政府の政策に納得し難い不平等があると、国民同士でルサンチマンをぶつけ合うことになる。

結果、そういう心理に例えば中国共産党がつけ込んでくることになる。

不満を解消できなかった者達が国内において外に助けを求めだすのである。

国民が分断され社会が壊れていく。

 

このところのニュースをみているともう私が理解している日本はダメになってしまったと思わざるを得ない。

ばれなければいいという連中と弱者を叩く事を躊躇すらしない連中と、自己中心的でよいとする恥知らずが多すぎる気がしてならない。

しかも、要の政府もその線上にあるような素振りをよくみせるではないか。

こうなってくると日本人同士で結束することがただの夢のように思えてくる。

 

状況は確かに悪い。

しかし、投げ出すような心境は間違いだ。

一方でどんな境遇においても立派な人達は確かにいるし、そういう人達は今日も実直に行動している。

悲観して暮らせば必ずそういう人に出くわし恥をかくことになる。

仏法を中心にし己に出来ることをしていくのみである。

激情にかられるのではなく静かに力強く淡々と。

自らが理不尽を乗り越えた時に仏法が証されていく。

誰かが証していくのではない。

そこを覚っていくことはとても孤独で勇気が要ることである。

しかし、そこしか道はない。

その一歩を踏み出せない限り、世の中を自我に基づいて解説するだけの虚しい人生で終わってしまうだろう。