最後の祈り

我ら一同、未来永劫、逆賊の誹りを受けることになるが、それでもよいか

戦いの中にあって正気を保てる者になる

多様性のなさが日本の弱点と言われ続けてインテリがまず騙された。

その結果どうなったか。

日本国内を自分の庭の様に行動する外国人で溢れかえっている。

外国で強盗殺人できるか?

まずここからである。

普通の旅行者ならばまず不可能である。

日本での生活にかなり馴染んできている結果であろう。

犯罪が犯せるのは長期滞在しすでに土地勘があるということである。

なめられたものである。

郷土を踏みにじられた日本人が外国人犯罪を言葉なく見つめている状況がおかしいことにもう気付くべきである。

なぜ言葉が出せないのか。

なんだあの技能実習という制度は。

 

経済至上主義からくるグローバリズムは何も生まなかった。

最後に残るのは弱者の憎しみだけであった。

強者が正義を語り弱者の牙が社会を切り裂いている。

 

個人に残された最後の一手が性エネルギーの昇華である。

神仏に帰依する生き方である。

怨憎会苦と愛別離苦という逃れがたい苦しみにこれから多く直面するはずである。

中国共産党は今の日本人とっては苦痛以外の何物でない。

業であろう。

 

しかし、性エネルギー昇華の実践を正しく行うことができるならば、政治的困難程度ならば軽々乗り越えられるはずである。

愛する人を失う痛みに比べれば全くたいしたことではないからだ。

 

中国共産党の問題もここまで深刻化してくると黙っていることはもはや罪でしかないだろう。

なぜならば、傷つくことを恐れずに声をあげている人がいるからこそ現状で収まっているといってよいからである。

それにただ乗りしているだけという者はどの分野についてももはや理想を語る資格はない。

 

信心深い人ほど政治的言論が悪口になることを恐れていてはいないだろうか。

中国共産党が世界の覇権を握ることの恐ろしさを他に伝えることの大切さを知るべきである。

この過程はもちろん戦いである。

しかし、これは悪口ではないと私は信じたい。