最後の祈り

我ら一同、未来永劫、逆賊の誹りを受けることになるが、それでもよいか

魂のウェイトトレーニングには子育てにあった

小学五年生にもなってお父さんにベタベタしてれる子なんてあんまりいないんだからね!と先日娘に言われた(笑。
そろそろ子育てのフェーズが変わってくる。

子供のために費やす時間が徐々に減ってくるだろう。

 

思い出す。
偶然立ち合い出産になり我が子を抱き上げたとき、驚きと感動が入り混じってうろたえながら自分なんかに懐いてくれるのかなという不安でいっぱいだったのを今でも覚えている。
それ以来、昭和脳を抹殺し、オムツ替え、お風呂、着替え、食事の世話等々を通して家事を覚えた。そして保育園に入ってからはママグループからのプレッシャーに負けずに毎日の送り迎えをしやれることは全部やってきた。今も朝の世話から塾等の送り迎えをしている。

やってきて本当によかった。

今は自分によく懐いてくれていると思う。

やはり、愛情は愛情で返ってくる。

今は安心して子供と向き合っている。

 

妻との役割分担に拘泥していたら損したという気分にもなっていただろう。

しかし、私は今ではむしろなんでも自分でできるという強さを身につける至っているのである。

よく仏教で独身の確立ということが言われる。

私は思うのである。

独身の確立とは結婚しないということではない。

自分のことはあくまで自分でやるということなのだと。

子育てを自分のこととできたことが私の成功だった。

 

これからは男とか女とかそういう性差にこだわる時代にしてはいけない。

これは私のここ10年の実践から導く思いである。

母性本能などというのは長い人生をふまえれば幻想に過ぎない。

男でも子育てはできる。

愛情と信頼があるから家族なのである。

 

さて、子育てフェーズが変わりつつあるならば、私もそろそろもう一度の自分のためにも生きようと思うのだ。

新生した自分でこの世に挑んでいきたい。

ある意味、ここからが本番である。

この本番のために子育てを通して己の魂を鍛えてきたのだ。