最後の祈り

我ら一同、未来永劫、逆賊の誹りを受けることになるが、それでもよいか

☆陰謀論と一蹴できる時代は終わった

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こういう動きが出る時代なのだ。

陰謀論という言葉で一蹴できない。

興味深いのは中国の民主化運動家がアジアの自由主義国として日本を活動の場としていることである。

注意深く観察し、中国人を敵にしないことだ。

中国共産党が敵である。

 

選挙を考えるにはいい機会である。

先日また最高裁で判決が出た。

日本では国政選挙の一票の格差が3倍でも合憲ということである。

この状態はまだまだ田舎に有利で都会に不利である。

確かに田舎に有利ならよいではないかという意見もあるかもしれない。

しかし、個人を尊重する民主主義という観点からすると一人一票である。

格差が3倍まで合憲ということは一人3票まではよいする複数投票を認めることに等しい。

アメリカでは格差は2倍以内という話は聞いたことがある。

複数投票を認めないためである。

さて日本ではどう考えるべきだろうか。

国会議員はどの選挙区から選ばれたとしても全国民の代表として行動すべしと憲法に規定がある。

しかし、どうだろう。

そんな国会議員をこれまでにみたことがあるだろうか。

 

また、別の観点として、伝統的に左翼の支持層は都会に多く保守の支持層は田舎に多い。

私はこの事実がこの問題に影響を与えているとみている。

つまり、この手の訴訟は左翼による意図的な訴訟とみる余地もあるかもしれない。

もし左翼の支持層が田舎にあったとしたら、むしろ田舎の意見を国政に反映させるために3倍程度の格差はあった方がよいと主張するかもしれない。

一人一票が彼らの本音なのかという素朴な疑問が私にはある。

 

やはりいろいろみていくと同じ民主主義といってもアメリカと日本では事情が違う。

また左翼や保守といってもすでに単純には割り切れないところまできているかもしれない。

選挙制度もその核心も独立自尊の気概をもって他を参考にし実情に照らして自ら決していくことが大切だろうと私は考える。