最後の祈り

我ら一同、未来永劫、逆賊の誹りを受けることになるが、それでもよいか

本物になっていく以外にもう道はない

何度も言うが秋冬が本番である。

死亡者が少ないということだけで武漢コロナは特別危険ではないという論証ができているわけではないので、安心するべきはないと私は思っている。

とにかく四季を通してウィルスの動きをみることで次の一年の戦略を立てるしかないのである。

秋冬のウィルスの変異の動向次第である。

今、武漢コロナはただの風邪であるとまくしたてることはまだ現段階では単なる予想に過ぎない。(可能性は高まってきてはいるが)

 

今日も朝草取りをした。

一仕事してシャワーを浴びたあと冷たい飲み物をいただく。

ありがたいなと心底感じる瞬間だ。

動く体があるということもとても根本的な幸福である。

しっかり外の仕事にも対応できる体力をつけておくこと。

今はこれが私の課題である。

 

世の中が暗くダメになっていく過程であっても聖賢古賢は輝きを増していった。

智慧をふり絞ってまさに全身全霊で取り組んでいったのだろうと思われるのだ。

その一点を自らも習得していく。

今はそこに賭けるしかない。

死ぬにしてもどう死ぬかという問いである。

これはどう生きるかという問いより奥深く厳しい。

御仏に己の命を差し出す。

言葉で書くだけでもヒヤリとするものがある。

本物の行者はその覚悟で生涯を貫いている。